勝手に紹介シリーズ第2弾の第4回
またまたやってまいりました!はっち
楽しい高校時代を過ごしたはっちの行く末はいかに・・?!(高校時代までのはっちの生態についてはこちら)
あっけなく終わった受験生活~大学編~
友達にも恵まれ、部活にも恵まれまさに「青春」を謳歌した私でしたが、気づけば高校3年生の夏になっていました。
全力投球の部活動も引退し、さあ受験生活の始まりです。言葉の通り、部活に「全力」だった私は常に定期テストで欠点だけは取らないように過ごしてきました。そんな私がさて、受験勉強って何をすれば良いのだろう。というか、受ける大学はどこにしよう。大学受験を経験された方ならお分かりかと思いますが、私は受験に意識を向けることがあまりにも遅すぎました。周りの友達は公募推薦だの、センター試験だの、話していましたが私には何のことかさっぱりです。両親に進路を相談するも、両親は二人とも大学には進学していなかったので、てっきり私も大学へは行かないものだと思っていたようで驚いていました。そんな両親が大学に詳しいわけがありません。
私に残されたものは「学校の先生って憧れるなあ」「心理学っておもしろそ~」という思いだけでした。
この超アバウトな思いを胸に私は大学探しの旅に出ます。
幸いなことにインターネットがすでに普及していた時代でしたので、パソコンで「教育」「心理学」というワードで検索し、片っ端からパンフレットを請求しました。届いたパンフレットはどれも魅力的で、どれも惹かれる内容でした。ですが、私にはオープンキャンパスなどに行って迷っている時間はありません。というか、オープンキャンパスなんかとっくの昔に終わっている大学ばかりです。ですが、自然と受験する学校は絞られてきました。不幸中の幸いとでもいうのでしょうか。「教育学部」というものはどこの大学も偏差値が少し高めなのです。部活に「全力」だった私は、教育学部に入るための学力が圧倒的に足りていませんでした。(ただの不幸)
「ちゃんと勉強しといたら良かった。」
大人がよく言うセリフです。人生で初めて心の底から思いました。私もようやく大人の仲間入りです。
この時の感情は今でもしっかり覚えています。
浪人してまで行きたい大学があるわけでもない私は、限られた中ではありますが「教育学部」の中に「心理学コース」がある大学を志望校にして、10月の公募推薦に向けて勉強を始めました。
その矢先、担任の先生から「あなたの志望している大学の指定校推薦の空きが1つあるから受けてみない?」と声をかけてもらい言われるがまま希望を出し、見事、指定校推薦を勝ち取ったわけです。(余ってただけ)
余り物には福があるとはこのこと
まさかの(余っていた)指定校推薦で進学先を決めた私はほとんど勉強することなく大学へ進学します。ですが、指定校推薦にも一応、試験はあります。面接と小論文です。よっぽど変な人でなければ受かるものです。その時に仲良くなった友達とも無事、入学式で再会し、楽しい楽しい大学生活の始まりです。
と、思っていたのですが新しくできた友達はセンター試験まで勉強していた(いわゆるすべり止めで入ってきた)子が多く、すでに学力の差がついている状態でのスタートでした。必修科目の英語では、友達にかなり勉強を教えてもらった記憶があります。1回生はなんとかぎりぎり必要単位がとれた状態で進級しました。2回、3回生と進級し専門科目が一気に増えたのですが、自分の学びたかった学問だったので忙しくもとても充実した毎日を送っていました。
自分が学びたいと思ったことを学ぶことで初めて「勉強が楽しい、授業が楽しい」と思えました。また、偏差値はそこまで高い大学ではありませんが、教授の先生たちがとても熱心で質の高い授業を受けることができていたと思います。今でもその経験と知識は私の大切な財産です。「余り物には福がある」とはこのことですね。
突然の「物理学」
そんな、充実した私でしたがここでもまた学力の差が目に見えてわかる出来事が起きます。
私は「小学校教員」の資格を得るために勉強をしていました。そのため、専門科目は「算数」「音楽」「体育」・・などなど小学生が小学校で勉強する科目が専門科目となります。正直こんなところで学力の差が出るなんて思いませんよね。しかも、図工や体育が大好きだった私は専門科目の授業が楽しみで仕方ありませんでした。
そんな期待とは裏腹に「生活概論」という授業が始まりました。小学校での「せいかつ」といえば、楽しいイメージがありませんか?お花をスケッチしたり、好きな動物について調べたりなど「理科」よりも簡単なイメージがありますよね。事実、「せいかつ」についての授業で「生活基本法」という授業もあり、実践的な楽しい授業でした。
ですがこの「生活概論」という授業は「物理学」の授業だったのです。
高校の時に呑気に数学が嫌いだからという理由で物理を取らなかった私を恨みました。これを落とすと教員免許はとれません。絶望しました。(専門科目はすべて必須単位でした。)
この授業についての記憶はここまでです。成績表には「可」の文字があったことだけは確かです。
試験がレポートだったのか何なのか忘れましたが、おそらく死に物狂いで友達に教えてもらったのだと思います。
そんなこんなで無事に、教員免許をゲットし留年することなく卒業できた私は「学習塾」に進学します。
すみません、今回で終わらせるつもりだったのですが、ついつい長く書いてしまいました・・!
次回こそ本当に完結編です!
はっち
はっち
と気になった方はぜひ教室まで遊びに来てください!